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ブログ 【一水四見(いっすいしけん)】

三業(口業、身業、意業)

僕がいつも心がけていることがある。

それは、自分の苦しみや悲しみを人様には見せないということだ。

人には人様には語り尽くせない。見せたくない苦しみや悲しみは以外にあるものだ。

生きることは苦しみや悲しみの積み重ねだと思ってる。

出会った喜びの数より、失って悲しんだ数の方がはるかに多い。

それでも、人はその数々の苦しみや悲しみから立ち上がるためにまず最初にすることは『笑う』ことなんだ。

苦しい時こそ、笑うんだ。
悲しい時こそ、笑うんだ。

自分の歩んできた人生を思いっきり笑い飛ばしてやればいい。

いつまで、苦しんでいるのか?
いつまで、悲しんでいるのか?

僕は何回も死にたいと思って、死を覚悟したことが合った。

そのたびに思いっきり泣いて、泣いて、泣き尽くして、死のうとした時に、最後に思うのは、

『死にたいなんて思うなんて、いつから僕はそんなに偉くなったのか』と。

自ら命をたつなんて、そんな資格などあるはずもないのにと。

お前らごとき人間が自ら命をたつなんて百年早いと。

死にたきゃ、その苦しみや悲しみから抜け出してからしろと。

本当の僕が言うんだ。
そう、相対で分別で見た僕ではなく、僕の本質が。

そんなことを何回も繰り返して、まだ、僕は生きている。

相対でしか人間関係を見ようとしないと、自分は何て不幸で苦しんでいるんだと思ってしまう。

でも、あんただけが辛いんじゃない。

みんなそれぞれ苦しみや悲しみと向き合って生きている。

幸せな人間も、不幸な人間も、そんな分別なんてくだらない。

あるのは、生きているってことだけなんだよ。

生き方に良いも、悪いもないし、正しいも、間違ってるもない。分別するから批判したくなる。

全ては正しい。

今、苦しいのも自分だし、悲しいのも自分。それが特別でもないし、普通でもない。

今、置かれている状況を受け入れれば良い。受け入れたくないから苦しくなり、悲しくなる。

苦しんで自分を受け入れ、悲しんでいる自分を受け入れたら、きっと楽になる。

たかがこんな自分だと笑い飛ばしてやればいいのさ。

ウジウジした顔で、自分は世界で一番不幸な人間なんだと言わんばかりの暗い顔を他人が見たらどう思うだろうか?

いい気分にはならないだろう。

暗く不幸顔は不愉快の感情を連鎖させる。負の連鎖だ。

だから、自分が辛い時には人に絶対に辛い顔、悲しい顔、苦しい顔を見せてはならない。

人を不快させるくらいなら、人と関わるな。

それは僕の考え方だ。
だから、どんなに辛くても、苦しくても、なかしくでも、笑顔を見せる。

不幸で、自分は悲劇の主人公みたいな顔をしている者は、ただの自己中心的で自分のことしか考えられない我執だらけの人間だと思ってる。

残念ながら、僕はそんな自分勝手な自己中心的人間には同情もしないし、かわいそうだとも思わない。

そう言う人間に限って自分のことは棚にあげて不幸を他人のせいにする。

良いことも、悪いことも全ては自業自得なんだ。

人生は自分で巻いた種を刈り取ること。良い種を蒔けば良い実がなるし、悪い種を蒔けば悪い実がなる。

過去は変えられない。
過去にやってきた行いは消せない。無かったことにはできない。

しかし、未来は変えられる。
どんな縁と結びつくかで人生は変わる。

悪い行いをし続ければ悪い縁と結びつき、悪い結果になる。
しかし、たとえ悪い行いをしてきても、悔い改めて良い行いをすれば、良い縁と結びつき良い結果になる。

因縁生起とはそういうものだ。

人間の行いには3つある三業(行い)という。

①口業(口から出た言葉の行い)

■善口業
(人を誉めること。優しい言葉をかけること。)

■悪口業
(悪口、陰口、暴言を吐くこと。人を罵ること。人を傷つける言葉を吐くこと。)

②身業(身体を使った行い)

■善身業
(自らの身体を使って人様の役にたつ行動をすること。)

■悪身業
(自らの身体を使って人を傷つけること。殺すこと。盗みをすること。物を壊すこと。)

③意業(心で感じたり思ったりする行い)

■善意業
(人様の喜びを自らの喜びとして心で思うこと。人様の幸せを願うこと。)

■悪意業
(人様の不幸を心の中で願ったり、心の中で馬鹿にしたりすること。)



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